
「今日は仕事があるから……」
私たちは、この言葉をいったい何回使っているのでしょう。
旅行に行けない。
友達と会えない。
映画を観られない。
病院にも行きづらい。
そして休日になると、
「せっかくの休みだから、何か有意義なことをしなければ!」
と、なぜか自分で自分を追い込みます。
……あれ?
休日なのに、全然休んでいない。
一方、世界を見渡してみると、仕事と休日、家族との時間、食事、昼寝などに対する考え方は実にさまざまです。
もちろん「外国人はみんな仕事がゆるい」という単純な話ではありません。
国によって事情は違います。
でも、世界の暮らしを眺めていると、
「そもそも、仕事って人生のどのくらいの割合を占めるものなんだろう?」
という疑問が湧いてきます。
今回は、そんな「世界の時間の使い方」をちょっと笑いながら覗いてみましょう。
日本人、休日まで予定を詰め込む
まず、日本の休日を想像してみます。
土曜日。
午前9時。
「今日はゆっくりするぞ!」
↓
10時 掃除
↓
11時 買い物
↓
12時 昼食
↓
13時 美容院
↓
15時 カフェ
↓
17時 スーパー
↓
18時 夕食
↓
20時 資格の勉強
↓
22時 「明日は何をしようかな……」
……。
休んでない。
むしろ平日より忙しい。
日本人は「休日」というものを、どうも「有効活用」しようとしすぎるところがあります。
休むことにすら、生産性を求めてしまう。
「今日は何もしていません」
と言うと、なぜか罪悪感が出てくる。
でも、
何もしないことが休日の仕事だったらどうでしょう?
ちょっと気が楽になります。
スペインの「時間は人生」という感覚
スペインの暮らしを語るときによく登場するのが、食事や家族との時間、社交の時間を大切にする文化です。
地域や職業によって生活スタイルはもちろん違いますが、仕事だけで一日を埋め尽くすのではなく、人と話したり食事を楽しんだりする時間が重要な意味を持っています。
ここで日本人がスペインの街角に放り込まれたとします。
日本人:
「すみません、急いでいるんです!」
スペイン人:
「まあまあ、コーヒーでも飲もう。」
日本人:
「いや、時間が……」
スペイン人:
「時間がない?」
日本人:
「はい!」
スペイン人:
「じゃあ、もっとゆっくりしよう。」
日本人:
「???」
文化が違う。
時間に対する感覚そのものが違うのです。
フランス人は「休むこと」に罪悪感がない?
フランスでも、仕事だけが人生ではないという価値観が比較的強く見られます。
もちろんフランスにも忙しい会社員はいます。
残業する人もいます。
「フランス人は毎日昼からワインを飲んでいる」という、観光客が作り上げた謎のイメージだけで語ってはいけません。
ただし、仕事以外の時間を楽しむことを「人生の大切な部分」と考える文化は、日本人にとって参考になります。
日本では、
「仕事が終わったら何をする?」
と聞かれることがあります。
でも、別の考え方もあります。
「仕事以外の時間こそ、何をする?」
これ、かなり重要な質問です。
イタリアでは「食事」がただの栄養補給ではない
日本では昼食を、
「15分で食べて仕事に戻ります!」
という人もいます。
一方、イタリアの食文化では、食事は単なる栄養補給ではなく、人との交流や楽しみの時間として重要な意味を持っています。
もちろん、イタリア人全員が毎日ゆっくりランチをしているわけではありません。
忙しい人は普通に忙しい。
しかし、
「食べる」という行為そのものを人生から切り離さない
という発想は面白いところです。
日本人:
「昼飯、何食べる?」
イタリア人:
「誰と食べる?」
この違いだけでも、時間の使い方が少し変わってきます。
オランダでは「仕事と生活」をどう考える?
オランダは、ワーク・ライフ・バランスを考えるうえでよく取り上げられる国の一つです。
特にパートタイム就労が広く利用されていることは有名です。
ここで重要なのは、
「働く時間を減らす=怠ける」ではない
という発想です。
日本では、
「週3日勤務です」
と言うと、
「えっ、大丈夫?」
と聞かれることがあります。
でも、
「週3日働いて、残りの時間は家族・趣味・地域活動・休養に使っています」
と考えれば、まったく違う人生設計になります。
仕事を人生の中心に置くのか。
それとも、人生の一部分として仕事を置くのか。
これは正解のある問題ではありません。
でも、選択肢が一つしかないと思っていると、ちょっと苦しくなります。
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「昼寝」という人類の発明
そして、世界の時間の使い方を語るなら、忘れてはいけないものがあります。
昼寝です。
昼寝。
なんて素晴らしい言葉でしょう。
日本の会社員:
「眠い……」
↓
コーヒー
↓
また仕事
↓
さらに眠い
↓
エナジードリンク
↓
なぜか頑張る
一方、昼寝の文化がある地域では、昼間に休息を取る生活習慣が見られます。
もちろん現代社会では都市化や勤務形態の変化によって、昔ながらの昼寝習慣がそのまま残っているとは限りません。
それでも、
「眠かったら少し休む」
という発想そのものは、とても人間的です。
人間は本来、機械ではありません。
充電残量3%なのに、
「まだいける!」
と言って働き続けるスマートフォンはありません。
人間だけです。
「休みの日に何もしない」は、本当に悪いことなのか?
ここで少し、日本の暮らしに戻ってみましょう。
休日の朝。
目覚まし時計が鳴らない。
予定もない。
誰とも会わない。
掃除もしない。
勉強もしない。
ブログも書かない。
ただ本を読んで、コーヒーを飲んで、昼寝する。
そして夕方。
「今日、何もしてないな……」
と感じる。
でも、
それが休むということなのかもしれません。
私たちは「何かをした日」を充実した一日だと思いがちです。
しかし、
「よく眠れた」
「好きな本を読んだ」
「家族と話した」
「散歩した」
「ぼーっとした」
という一日も、十分に価値があります。
世界の暮らしを知ると、日本の「普通」がちょっと変に見えてくる
文化人類学の面白さは、ここにあります。
外国の暮らしを知ることは、
「海外のほうが正しい!」
ということではありません。
むしろ、
「あれ? 自分たちの普通って、本当に普通なの?」
と気づくことです。
日本では、
「忙しい=頑張っている」
と思われることがあります。
でも別の文化では、
「家族と過ごす=大切な時間」
かもしれません。
日本では、
「休日も予定を入れる」
人がいる。
でも別の場所では、
「予定を入れない休日」
を楽しむ人もいる。
日本では、
「仕事が終わったら休む」
と考える。
でも、
「人生の中に仕事がある」
と考えることもできる。
どちらが正しいのでしょう。
たぶん、
人生に正解が一つしかないと考えるほうが、ちょっと無理があります。
仕事を辞めなくても「時間の使い方」は変えられる
ここで大切なのは、
「じゃあ会社を辞めて海外に移住しましょう!」
という話ではありません。
そんな簡単な話ではありません。
家賃があります。
住宅ローンがあります。
子どもの教育費があります。
税金があります。
スマホ代もあります。
人生、意外と請求書が多い。
だからこそ、まずは小さなところから変えてみる。
例えば、
月に一度「予定を入れない休日」を作る
昼食を15分ではなく30分かけて食べる
仕事の後にスマホを置いて家族と話す
休日に「何もしない時間」を作る
趣味の時間を「余った時間」ではなく予定に入れる
これだけでも、時間に対する感覚は変わります。
世界を旅するということは、「自分の普通」を旅すること
海外旅行の面白さは、観光地を見ることだけではありません。
スーパーを見る。
住宅を見る。
電車を見る。
カフェを見る。
公園を見る。
そして、人々がどんなふうに一日を過ごしているのかを見る。
すると、
「こんな暮らし方もあるんだ」
と気づきます。
その瞬間、自分の中にあった「普通」が少しだけ柔らかくなります。
世界を知ることは、外国人になることではありません。
自分の人生に、別の選択肢を追加することです。
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まとめ|人生は「仕事の合間」にあるのではない
世界の暮らしを眺めていると、仕事に対する考え方も、休日の過ごし方も、時間の感じ方も実にさまざまだと気づきます。
もちろん、国によって事情は違います。
海外の暮らしをそのまま日本に持ち込めば幸せになるわけでもありません。
でも、
「もっと働かなければ」
「休日も有効活用しなければ」
「何か成長しなければ」
と頑張り続けている人にとっては、
「休むことも人生の一部だよ」
という世界の価値観は、ちょっとした救いになるかもしれません。
仕事は大切。
でも、仕事だけが人生ではない。
家族と食事をする。
本を読む。
旅をする。
昼寝をする。
何もしない。
そして、ときどき遠くの国の暮らしを眺めて、
「へえ、あの国ではそんなふうに生きているんだ」
と笑う。
そんな時間も、人生には必要なのではないでしょうか。
世界を知ると、「自分の時間」の使い方まで少し自由になる。
これも、旅の意外な効能なのかもしれません。