気づけば、だれかの採点表を持ち歩いていませんか
朝の満員電車で、ふとスマホの画面に映った自分の顔が、ちょっと知らない人みたいに見えた。そんな瞬間はありませんか。
上司にどう思われているか。同期より遅れていないか。「ちゃんとしている人」に見えているか。そうやって、いつのまにか心の中に「他人の採点表」を持ち歩いているのかもしれませんね。
ニーチェは、この苦しさに名前をつけた人でした。それが「ルサンチマン」です。ざっくり言えば、「自分は報われていない」という、うらみにも似た心のしこりのこと。そして彼は、「ひかえめで、従順で、がまんすることが正しい」とする価値観を「奴隷道徳」とよびました。
ここで大事なのは、これが「あなたが弱いから」起きる話ではない、ということではないでしょうか。みんなが同じ物差しで測りあう場所にいれば、だれだって心はすり減ります。まずは、「疲れてしまったのは、がんばってきた証拠なんだ」と、そっと自分に言ってあげてくださいね。
世界には、まったくちがう「生きるリズム」があります
ここで少しだけ、日本の外へ出てみましょう。
タンザニアのハッザ:「ためこまない」暮らし
東アフリカ・タンザニアに暮らすハッザの人びとは、いまも狩猟採集を中心にした生活を続けていることで知られています。人類学者たちの調査では、食べものを得るための時間は、私たちの「労働時間」のイメージよりずっと短いと報告されてきました。(研究者のあいだで議論はありますが、「豊かさ」の意味を問い直す例として、よく紹介されます。)
彼らは、将来のために貯めこむことを、あまりしないといわれています。「あした」の不安に追われるより、「きょう」を分けあって食べる。そんな価値観が、そこにはあるようです。
バリ島:「前へ進む時間」ではない時間
人類学者クリフォード・ギアツは、バリの人びとの時間感覚を、「締め切りに向かってまっすぐ進む時間」というより、「くりかえしながら巡る、おだやかなリズム」として描きました。何日目、というより、今日がどんな性質の日か。そんな暮らしの中では、「遅れている」という感覚そのものが、あまり生まれにくいのかもしれません。
モンゴルの遊牧民:「動くこと」が安心になる
モンゴルの草原で暮らす遊牧の人びとは、季節と家畜にあわせて、住む場所を変えていきます。「ひとつの場所に落ち着くこと」が正解ではなく、「動き続けること」が、暮らしを守る知恵になっているのですね。
こうして見てくると、私たちが「当たり前」と思っている、新卒で就職して、同じ会社で長く勤めて、という道すじは、人類の長い歴史から見れば、ほんの一つの選択肢にすぎないのだと気づきます。
「レールを降りる」ことは、逃げではありません
「でも、レールを外れるのはこわい」。そう思うのは、ごく自然なことです。
ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』の中で、人の精神の変化を「ラクダ」「ライオン」「子ども」のたとえで語りました。
- ラクダ:「こうあるべき」という重い荷物を、黙って背負う
- ライオン:「いやだ」と言って、荷物をおろす
- 子ども:あたらしい遊びを、無邪気にはじめる
いま「疲れた」と感じているあなたは、ラクダからライオンへ向かう、とても大切な途中にいるのかもしれません。それは、逃げではなく、変化のはじまりではないでしょうか。
運命愛(アモール・ファティ)という、やさしい肯定
ニーチェのいう「運命愛」とは、起きたことのすべてを、「それでよかった」と受けとめ、愛する、という態度のことです。
遠回りも、失敗も、会社でがまんした日々も。「あれがなければよかった」ではなく、「あの日々があったから、いまの私がいる」と、静かに言えること。
これは、「どんな現実もがまんしなさい」という意味ではありません。むしろ逆で、他人の物差しではなく、自分の物差しで、自分の人生を「選び直す」ための力だと、私は思います。
旅は、その練習にぴったりです。知らない街では、だれもあなたの肩書きを知りません。評価もされません。ただ、風と、ごはんと、道があるだけ。そこで、「私はいま、何を見て、何を感じているんだろう」と立ち止まったとき、はじめて自分が人生の主人公だったことを思い出せるのではないでしょうか。
世界から見れば、あなたの悩みは、ちいさな波のひとつ
ハッザの人びとも、バリの人びとも、モンゴルの遊牧民も、みんなそれぞれの「当たり前」の中で、ちゃんと笑って、ちゃんと生きています。
そう思うと、少し肩の力がぬけませんか。会社の評価も、まわりの目も、世界の広さから見れば、ちいさな波のひとつ。あなたの人生は、あなたが歩いた道が、そのまま「正解」になっていくのですね。
大きな旅でなくて大丈夫です。週末に、行ったことのない町へ。それだけでも、それは立派な「知の旅」のはじまりです。
今日の夜、ひとつだけ。行ってみたい場所を、ノートに書いてみませんか。
あなたの「知の旅」の最初の一歩は、通勤時間にニーチェやフィールドワークの本を耳で味わえるオーディオブックAudible
と、はじめての一人旅でも安心を支えてくれる旅行保険から、そっと踏み出してみてくださいね。
