「あのとき、言いすぎたな」と、夜にひとりで思い出していませんか
ほんとうは、ぐっとのみこんだ。にこにこして、その場はやりすごした。けれど、家に帰ってから、じわじわと、いやな気持ちが戻ってくる。
あるいは、反対に。ついカッとなって、きつい言葉を言ってしまった。そのあと、何時間も、自分を責めつづけてしまう。
怒りをおさえても、疲れる。ぶつけても、疲れる。そんなふうに、「怒り」との付き合いかたに、くたびれてしまうことは、ありませんか。
心理学の世界でも、気持ちをむりに「ないこと」にしようとすると、かえって心に負担がかかりやすい、という研究が知られています。(研究によって結果に幅はありますが、「我慢すれば解決」とは、いかないようですね。)
では、世界のどこかに、怒りと、もっと上手に付き合っている人たちは、いるのでしょうか。
極北の氷原で、「怒らない」ことを大切にする暮らし
ここで、カナダ北部の、ひろい雪と氷の世界へ、旅してみましょう。
アメリカの人類学者、ジーン・ブリッグスは、1960年代、カナダ北極圏のイヌイットの家族のもとで、約一年半をともに暮らしました。そのときの記録をまとめたのが、『Never in Anger(怒りなく)』という本です。
彼女がそこで見たのは、おだやかで、あまり感情をあらわにしない人びとの暮らしでした。いらいらしても、声をあらげない。たいへんな出来事があっても、冗談をまじえて、ひょうひょうと受けとめる。ブリッグスは、そうした姿を、とても印象的に描いています。
「イフマ」という、ものさし
その社会では、「イフマ(ihuma)」ということばが、大切にされていたと報告されています。ざっくり言うと、「理性」や「分別」「落ちついた心」に近い意味のことばです。
感情をむき出しにすることは、「子どもっぽいこと」と見なされ、イフマのある人とは、感情にふりまわされず、まわりを思いやれる人のことでした。
でも、「怒りがない」わけではありません
ここは、ていねいにお伝えしておきたいところです。
イヌイットの人びとが、怒りを「感じない」わけではありません。人間ですから、くやしいことも、腹がたつことも、きっとあります。大切なのは、「どう表すか」を、社会のみんなが、おなじ物語として、共有していた、という点ではないでしょうか。
ブリッグス自身も、あるとき、いらだちを表に出してしまい、しばらく、まわりの人びとから距離を置かれる経験をしたと、伝えられています。ことばで責められるのではなく、そっと、静かに。そんな「あたたかく冷たい」対応から、彼女は、その文化の大切にしているものを、からだで学んでいったのでしょう。
きびしい自然が、生んだ知恵
なぜ、そんな価値観が育ったのでしょう。
極北の自然は、とてもきびしい場所です。寒さや食料の不足のなかで、家族や仲間とのけんかが、そのまま、命にかかわることもあります。だからこそ、「感情をおだやかに保つ」ことが、みんなで生きのびるための、大切な知恵になったのだと、考えられています。
ここで、ひとつだけ、おことわりしますね。ブリッグスが調査したのは、1960年代の、ある一つの集団です。いまのイヌイットの暮らしは、定住や学校教育、インターネットの普及で、大きく変わっています。「イヌイットはみんな怒らない」と、ひとくくりにするのは、ちがいますね。ここでご紹介したのは、あくまで「ひとつの時代の、ひとつの暮らしの知恵」です。
「怒りをおさえる」と「怒りと暮らす」は、ちがうのかもしれません
ここまで読んで、「じゃあ、私もがまんしなきゃ」と、思わないでくださいね。
私たちが疲れてしまうのは、ひとりで、だまって、のみこんでしまうからではないでしょうか。イヌイットの暮らしでは、「怒らないこと」が、個人のがまんではなく、まわりの人みんなで支えている「ふつうのこと」でした。笑いがあって、おだやかな空気があって、そっと距離をおく、という選択肢もある。
つまり、怒りを上手にあつかうヒントは、「ひとりで耐える力」ではなく、「怒りをやわらげてくれる、まわりのしくみ」にあるのかもしれません。
日々の暮らしのなかでも、できることがあります。
- 腹がたったら、すぐに返信せず、いちど外の空気をすう
- 「いま、わたし、怒っているな」と、心の中でそっと名前をつけてみる
- ひとりでかかえず、信頼できる人に、ゆっくり話してみる
- おいしいお茶をいれて、からだをあたためる
怒りは、わるものではありません。「だいじなものが、ふみにじられたよ」と知らせてくれる、心のサインなのですね。
世界から見れば、あなたの怒りも、ちいさな炎のひとつ
雪と氷の世界にも、くやしさや、いらだちは、きっとあります。それでも、人びとは、その炎を、ゆっくりとあつかうやりかたを、世代をこえて、つくってきました。
そう思うと、私たちが「うまく怒りをあつかえない」ことも、そんなにおおきな失敗ではない、と思えてきませんか。だって、感情とのつきあいかたは、そもそも、ひとりで完成させるものではないのですから。
旅に出ると、ふしぎと、気持ちがおだやかになる瞬間があります。ひろい空の下、雪をふむ音しかきこえない場所で、「あれ、なにに怒っていたんだっけ」と、ふっと力がぬける。そんな体験が、きっと、あなたを待っています。
今日は、ひとつだけ。心の中の、小さな炎に、そっと名前をつけてあげませんか。「いま、わたしは、くやしかったんだな」と。
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静かな北の空にオーロラを探しにいけるから、そっと踏み出してみてくださいね。
