あの一言が、夜になっても頭からはなれないのはなぜでしょう
会議のあとの、あの人のちょっとした嫌味。メールの文面にひそむ、ちくりとした棘。「どういうつもりだったんだろう」と、お風呂のなかでも、ふとんのなかでも、くりかえし考えてしまう。
仕事そのものより、「人」のことで疲れてしまう日って、ありますよね。
そしてそういう夜に、「気にしすぎだよ」と言われても、気にしないでいられたら、だれも苦労しないのです。まずは、「気になってしまう自分」を、責めなくて大丈夫ですよ。
心が、ぐるぐるしてしまうしくみ
心理学では、おなじことを何度も頭のなかでくりかえし考えてしまうことを「反すう」とよびます。牛が食べものを何度もかみなおすように、嫌な出来事を、何度も味わいなおしてしまうのですね。研究では、この反すうが長くつづくほど、気分が落ちこみやすくなると報告されています。
もうひとつ、おもしろい研究があります。「スポットライト効果」とよばれる現象です。人は、「自分の失敗や言動を、まわりはよく見ている」と、思いこみやすい。ある実験では、はずかしいTシャツを着て人前に出た参加者が、「半分くらいの人が気づいたはず」と予想したのに、実際に気づいた人は、それよりずっと少なかった、という結果が出ています。
つまり、あなたが「あの人にどう思われたか」と気にしているほど、相手はあなたのことを、考えていないのかもしれません。相手もまた、自分のことで、頭がいっぱいなのですね。
超訳ニーチェの言葉 エッセンシャル版 クラシックカバー銀箔
今日からできる、「スルーの技術」四つ
一、「課題の分離」で、荷物を仕分ける
アドラー心理学で知られる考え方です。「これは、わたしが決められること」と「これは、あの人が決めること」を、心のなかで、そっと仕分けします。
あの人が不機嫌でいること。あの人が、わたしをどう評価するか。それは、あの人の課題です。わたしの課題は、「いまの仕事を、ていねいにやること」と、「自分がどう反応するか、選ぶこと」だけ。
もちろん、これは、学問として、いろいろな議論のある考え方でもあります。でも、「すべてを背負わなくていい」という心の整理として使うぶんには、とてもやさしい道具ではないでしょうか。
二、「反応を、小さくする」
行動心理学では、「注目や反応というごほうびをもらえない行動は、だんだん減っていく」と考えます。(これを「消去」とよびます。)
たとえば、嫌味に、いちいち大きく反応しない。「そうですか」「なるほど」と、おだやかに受けとめて、さらっと次の話題へ。あいての期待する反応が返ってこないと、だんだん、その行動は減っていく、ということがあります。
ただし、ひとつだけ、おぼえておいてくださいね。反応をやめた直後は、あいてが「あれ?」と思って、一時的にその行動が強くなることがあるといわれます。「効いてない」と思って、あきらめないでくださいね。
三、「いま、わたしは、イラッとしているな」と名前をつける
感情に名前をつけると、気持ちが落ちつきやすくなる、という研究があります。「感情のラベリング」とよばれるものです。
「むかつく!」ではなく、「いま、わたしは、くやしさを感じているんだな」と、心のなかで、そっと実況中継してみる。それだけで、感情のなかに、すこしだけ「すきま」ができるのですね。
四、「心の距離」を、すこし広げる
話すときの目線をすこし遠くにおいたり、雑談は、ほどほどに切りあげたり、ランチをひとりでとる日をつくったり。物理的な距離も、心の距離も、「ゼロか百か」ではなく、その間にたくさんの段階があります。
「冷たい人だと思われるかな」と心配になるかもしれません。でも、距離をおくことと、きらうことは、ちがいますよね。
人類は、むかしから「離れる」という知恵をもっていました
ここで、すこしだけ、視野をひろげてみましょう。
アフリカ南部のカラハリ砂漠で、狩猟採集をしてきたサン(クン)の人びとを研究した人類学者たちは、おもしろい報告をしています。小さな集団のなかで、人間関係のもめごとが深まると、家族ごとに、べつのキャンプへ移っていく、というのです。
ぶつかり合って、傷つけあうよりも、しばらく距離をおく。もめごとが落ちつけば、またいっしょになることもある。人類学では、集まったり離れたりする、こうした柔軟なあり方を「離合集散」とよぶことがあります。
どんなに小さな社会でも、「めんどくさい人間関係」は、ありました。そして人びとは、「離れる」「ほどよい距離をとる」という工夫で、それをやりすごしてきたのですね。
職場で距離をとろうとすることは、逃げでも、弱さでもありません。人類が、ずっと使ってきた、とても古くて、まっとうな知恵なのです。
「スルー」と「がまん」は、ちがいます
ここで、とても大切なことを、ひとつだけ。
この記事でお話ししている「スルー」は、「ちょっとした嫌味」や「相性のわるさ」といった、日常のモヤモヤのためのものです。
もし、人格を否定されたり、大きな声でどなられたり、仕事をわざと外されたり、といったことがつづいているなら、それは「スルー」ではなく、「守る」場面です。パワーハラスメントの可能性もありますので、ひとりでがまんしないでくださいね。
- 日時や内容を、メモや記録として残す
- 社内の相談窓口や、信頼できる上司・同僚に話す
- 各都道府県の労働局にある、総合労働相談コーナーなどの公的な窓口を頼る
- 心身の調子がくずれているときは、医療機関や専門家に相談する
「たえること」が、いつも正解とはかぎりません。
世界から見れば、あの人のひとことも、ちいさな風のひとつ
世界には、さまざまな「ふつう」があって、さまざまな「めんどくささ」があって、さまざまな「やりすごしかた」があります。
そう思うと、あの人のひとことも、すこしだけ小さく見えてきませんか。あなたの毎日は、あの人の機嫌のためにあるのではなく、あなたの毎日のためにあるのですね。
旅に出ると、ふしぎなことに、肩書きも、評価も、職場の空気も、ふっと軽くなります。知らない街で、おいしいごはんを食べながら、「わたしの人生の主役は、わたしなんだな」と、思いだせる。そんな時間は、それだけで、心の栄養になるのではないでしょうか。
今夜は、ひとつだけ。今日いちばんモヤモヤしたことに、「いま、わたしは、〇〇な気持ちなんだな」と、名前をつけてみませんか。
職場のモヤモヤをひとりでかかえこまずにすむよう、公認心理師に気軽に話せる
通勤中に耳から心を休ませられるAmazon Audibleから、そっと「知の旅」の一歩を踏み出してみてくださいね。
