小さいころからの夢だった
単純な理由だが、ぼくは小さいころから「世界」というワードに憧れていた。なぜ憧れていたのかは当時の自分に問い詰めてみないとぼくもわからない。
小学校入学のときだったと思う。祖父母から入学祝いに地球儀を買ってもらった。今の小学生で地球儀を買ってもらっている人は、あまり見掛けない・・・。その時、自分の住んでいる国は小さいんだなぁと思った。
小学生高学年。図画工作という時間があった。
テーマはなんでもいい。自由に絵を書いてくださいというものだった。
ぼくが書いた絵は世界地図。その中で平和に暮らしている人もいれば、SOSと叫び声をあげている人。そして、人間以外のたくさんの生物が暮らしている様子を描いた。
人に見せられるほどの絵ではなく、いつの間にか部屋から無くなっていた。
おそらく捨てたんだと思うm(__)
中学、高校と夢を描けず、親の言われたとおりに生きてきた。その中で漠然と描いていた夢が「世界遺産をすべて観てみたい」という願望だった。
もちろんまだ諦めてはいないが、今となってはその夢に投資するお金も時間も無い。
大学を卒業し、周りと同じように就職し、時には転職し社会人を約10年経験。
一日一日がなんとなく過ぎて行く中で、ぼくは30歳を迎えた。
仕事に精を出す気力も失い、気が付けば周りの仲間は結婚してこどもが産まれていた。
これが、日本人が進んでいく人生のシナリオなのかって疑問に思った。
世界はもっと広い。
狭い世界の閉鎖された空間で生きていては、自分は変われないなと思った。
そして、ぼくの価値観を広げたかった。
世界一周は誰にでもできる
今の時代、世界一周は当たり前のようになってきた。世界一周をはじめる人はまずブログを書き始める。
世界一周している人たちのブログを見たり、世界一周してきた人の本を読んだりするだけでほとんどの人は満足してしまっている。
今現在でも1000人以上の日本人が同じ時期に世界でアクティブに移動している。
どの国でも必ず日本人はいるし、同様にバックパッカーもたくさんいる。
お馴染みとなっているのが大学生バックパッカーで、次いで30代からのバックパッカー。最近では夫婦で世界一周も増えてきた。
格安航空(LCC)やカウチサーフィンの普及により、ぼくらは手軽に安く世界を旅できるようになった。
世界一周なんて言葉で言っても、実際はインド・ヨーロッパ、アメリカへ行ってきただけという人もいる。だけど、これも立派な世界一周。
誰にでもできるんだよね。
旅に出ることは現実逃避か
退職して世界一周の準備をしていると、他人からはすごいなぁとか、親からは仕事が嫌になって逃げているだけとか思われがちだ。
ぼくも実際、親には聞いていないが完全に何もしないニートだと思われている。
海外へ行っても、旅の目的も無ければただのお金の浪費。
帰国しても再就職の面接では、プラプラしていただけと捉えられる。
そう思っている人が大多数だと思う。
だけど、旅が好きな人ならわかると思う。
仕事をしているだけじゃ得られないモノが旅にはたくさんある。
旅でしか得られないモノがある。
実は本当に大切なモノはブログにも書籍にも記されていない。
自分の眼で見て、肌で感じて、耳で聴く。
ぼくにとっては、嫌な仕事を我慢して何年も続けている方が「逃げ」だと感じる。
目的を持つべきか
考えた。やっぱり目的を持って旅することは、その先の旅でも原動力になる。
言葉の通じない国にいるだけで、誰でも少しずつストレスが溜まるもの。
じゃあ、目的持とうか?
簡単に思い浮かぶようなら苦労しない。
あまりに大きな目標を持ちすぎると旅が楽しめない。
ライティングや写真のスキルアップでもいいんじゃないかな。
外国語のスキルアップも良い目的だ。
その場で出逢った旅人との出逢いが、自分の目的を照らしだしてくれるかもしれない。
毎日見なれたこの景色も、あと30日で見納めだ。