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ひとつずつ、ゆっくりと。バリ島の朝の小さなお供えが教えてくれた「いま」のそだてかた

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バリ島の石畳に置かれたチャナン・サリと、立ちのぼるお線香のけむり(モノクロ)

頭の中に、いくつものタブが開いていませんか

メールを返しながら、チャットの通知を見て、頭の片すみでは、夕ごはんの献立を考えている。そんな毎日を、続けてはいませんか。

ひとつのことに集中しようとしても、気づけば、スマホに手がのびている。休日になっても、頭の中の「開きっぱなしのタブ」が、なかなか閉じてくれない。ぐったり疲れているのに、なにに疲れたのか、自分でもよくわからない。そんな感覚は、とてもふつうのことですよね。

研究の世界でも、いくつもの情報を同時にあつかうことが多い人ほど、注意をむける力が散りやすい、という報告があります。作業を切りかえるたびに、脳は、小さなエネルギーを使っているのですね。(研究によって結果に幅はありますが、「同時にやるほど、じつは疲れやすい」という見かたは、広く知られています。)

つまり、あなたの集中力が足りないのではなく、いまの暮らしが、脳にとって、ちょっと忙しすぎるのかもしれません。

朝の路地に、花のにおいがひろがるバリ島

ここで、インドネシアのバリ島へ、ゆっくり旅してみましょう。

バリ島の朝は、とても静かにはじまります。家の前や、お店の入口、お寺の門のあたり。あちこちの地面に、ヤシの葉で編んだ、小さな四角いお皿が置かれています。その上には、色とりどりの花と、すこしのお米、そして、ゆらゆらと立ちのぼる、お線香のけむり。

これが「チャナン・サリ」と呼ばれる、毎日のお供えものです。

多くの家庭で、朝のうちに、ていねいにつくられ、神さまや、目に見えない存在にむけて、そっと捧げられます。バリ・ヒンドゥー教では、「神さまと人、人と人、人と自然」の三つの調和を大切にする考え方があり、このお供えは、その調和をたもつための、毎日の習慣のひとつだといわれています。

「ありがとう」を、手を動かして伝える

花びらを、ひとつずつ、えらぶ。ヤシの葉を、指でていねいに折る。お線香に火をつけて、聖なる水をふりかけ、静かに手を合わせる。

そこにあるのは、「あれも、これも」ではなく、「いま、この一枚の花びら」だけ。一日のはじまりに、ひとつのことだけに、心をむけているのですね。

そして、お供えは、いずれ消えていきます

おもしろいのは、このお供えが、とても「はかない」ことです。

道に置かれたチャナンは、人に踏まれたり、風にとばされたり、犬がお米を食べてしまったり。それでも、だれも気にしません。夕方には、新しいものが、また置かれます。

「かたちをのこすこと」より、「いま、心をこめること」。バリの人びとにとって、お供えは、結果ではなく、そのつど行う、ささやかな営みなのだと、教えられるようです。

島ぜんたいが、一日だけ、止まる日

もうひとつ、バリ島には、世界でもめずらしい日があります。

「ニュピ」とよばれる、静寂の日です。年に一度、島ぜんたいが一日だけ、静まりかえります。外出はひかえ、あかりも、できるだけ消して、空港までもが止まる。にぎやかな島が、まるごと「しーん」となるのです。

一年に一日だけでも、社会のほうが、「立ち止まっていいよ」と言ってくれる。そんな文化があることに、はっとしませんか。

私たちは、「止まることは、さぼること」と、どこかで思いこんでいるのかもしれません。けれど、世界のどこかには、「止まること」を、みんなで大切にする場所があるのですね。

旅先では、「ひとつずつ」が、ふしぎと戻ってきます

ここで、ひとつだけ、ていねいにお伝えしておきますね。

いわゆる「マインドフルネス」は、仏教の瞑想にルーツをもつ考え方で、バリのヒンドゥー教の儀礼とは、成り立ちがちがいます。「チャナン=マインドフルネス」と言いきってしまうのは、ちょっと乱暴かもしれません。

けれど、「いま、この瞬間に、心をむける」という点では、とても近い響きがあるように、私には感じられます。

旅先では、ふしぎなことが起こります。

  • 地図アプリを見ながらも、ふと顔をあげると、見たことのない色の空がある
  • 知らない土地では、スマホより、目の前の景色のほうが、ずっと気になる
  • ごはんをひとくち食べるたびに、「あ、おいしい」と、ちゃんと感じる

旅は、「いつもの、ながら作業」から、私たちを、すこしだけ解放してくれます。マルチタスクをする必要がない環境にいると、脳は、本来の「ひとつずつ」のリズムを、ゆっくり思い出していくのかもしれません。

世界から見れば、あなたの「いそがしさ」も、ひとつの習慣

バリ島の人びとにも、もちろん、毎日の仕事や、悩みがあります。けれど、朝のお供えという、ちいさな習慣が、一日のはじまりに、「いま」へ戻る場所を、そっと用意してくれているのですね。

そう考えると、私たちが「いそがしい」のは、能力の問題ではなく、「戻る場所」が、すこし足りないだけなのかもしれません。

旅に出られない日でも、だいじょうぶです。朝の一杯のお茶を、スマホを置いて、飲んでみる。ベランダで、深呼吸を三回だけしてみる。それは、あなたなりの「チャナン」になるのではないでしょうか。

今日は、ひとつだけ。ひとつのことを、ひとつだけ、ていねいにやってみませんか。

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